2017年7月23日日曜日

鉄コレ ~秋田中央交通デワ3000形(新塗装)~

私情によりしばらくお休みしていましたが、
しばらくぶりの投稿です。

今回は鉄コレ10周年記念の
秋田中央交通軌道線デワ3000形新塗装です。

先ずはデワ3000形からいきましょう。
デワ3000形
デワ3000形は1922年から1926年にかけて目黒蒲田電鉄と東京横浜電鉄は木造4輪単車の有蓋貨物電車を3輌無蓋貨物電車を5輌注し、デワ1形1~2(後にモワ1形1~2)とデト1形1~5(後にモト1形1~5)として就役していました。

デワ3000形 正面
1932年に無蓋貨物電車モト4が有蓋車モワ3に改造されています。1942年の大東急成立によりモワ1~3はデワ3000形3001~3003、モト1~3、5はデト3010形3011~3015と改番されました。

デワ3000形 側面
1953年にデト3013が有蓋車にデワ3002(2代)に改造されたうえで、秋田中央交通に譲渡されデワ3001となりました。デワ3001と3003は濃い青色に塗装されていました。
デワ3000形 頭頂部(笑)
その後塗装変更されてこの様なカラーと纏う事になります。
本車は2軸の小型電動貨車と言う事もあって模型化すると非常におもちゃめかしく感じます。

さて、本車は全長7m、台車はブリル21E、自重10t、主電動機出力が48kW×2の直接制御で、貨車も牽引可能でした。このデワが入る前に秋田中央交通で使われていたED401は、南海電鉄が導入し入換機として使用していた、元国鉄のアプト式電機機関車ED40(南海での形式はED5161形)の内1両を凸型電機へ改造し、その上で譲渡されたもので、44tもある巨体の電気機関車でした。結局重過ぎて持て余され5年ほどで廃車になり、この小型電動貨車が永く電気機関車の役目を果たすことになりました。
ナハフ20 側面
ナハフ20はキハ41000を改造した客車です。
種車は1949(昭和24)年に廃車となったキハ41085になります。
ナハフ20 正面
車両は新潟鐵工所で運転台撤去、車掌室の設置、ロングシート化などの改造を受け1951(昭和26)年ごろから使われました。
デワ3000 +ナハフ20
秋田中央交通では鉄道廃止となる最後まで電車の導入は行われず、電機や電貨車が客車を牽引するという運用が行われました。

おまけ。
デワ3000形+ワ12000形
秋田中央交通では電機や電貨車が客車を牽引していた、と言う事は先に述べました。
では貨物運用は…これも行われていました。
デワ3000形も貨客混成の運用が行われています。
実際の写真などを見るとワム90000形を牽いているのですが、一番似合うのはどれだろうか、
と言うところでみると、ワ12000が一番似合う気がします。
デワ3000形+タム500形+ワ12000形
タムを牽くケースが有ったのかどうかは分かりませんが、これはこれで似合う気がします。
因みにワム90000やワラを牽かせると同じ2軸車なのにデワ3000形がひ弱に見える不思議。
う~む。

2017年6月11日日曜日

EF66-100番台 KATO

先日KATOから久しぶりにEF66-100番台が発売されました。
5年以上ぶりの生産かと思われます。

個人的に好きなカマでもありますので購入しました。
EF66-100
EF66-100番台はJR貨物移行後の貨物増発に対応すべく投入された電機で33両が製造されました。
とは言え、基本的な性能自体は0番台と変わりません。

EF66-100 (側面)
一方で見ての通りその姿は0番台から変貌を遂げています。このスタイル、「桃太郎」ことEF210にも継承されているのではないでしょうか。
EF66-100(正面)
 電動機等は環境への規制対応等の観点からアスベストの排除やセレン整流器がダイオードに変更、補助リレーが代替品へ変わるなどの細かな変更が加えられています。
制動器についてはコキ50000形250000番台による100Km運転対応の減圧促進装置が装備されています。
連結器についても10000系貨車の運用がほぼほぼ無いことから一般的な並形自動連結器となっています。

EF66-100
塗装は当初からJR貨物標準と言われるこの塗装となっています。
因みに2次車と一次車での外部塗装の違いは裾付近に帯を巻いているかどうかになります。

EF66-100
さて、製品のEF66-100番台ですが、正面を見ていただければわかるようにヘッドライトが角型カバー付きの2次グループとなっています。
で、番号は124号機としました。
因みに手すりや避雷器、ホイッスル、無線機等は別パーツとなっています。
そして例によってランナーが際どい位置に有るので切り離しに非常に苦労します。
治具も決して使いやすくはないので地味に手間がかかります。
ナックルカプラーへの換装も多少手間がかかりました。

2017年5月28日日曜日

五条新町を歩く、のおまけ

今回は五条新町へ出かけた際のおまけ写真を載せます。
大したものではないのであしからず。
五条 2017.05.05
まずは五条駅付近。
新町ではありませんが、昔ながらの街並みが存在します。
そして五条には珍しいお地蔵さんがあります。
五条 2017.05.05
はい、まことちゃんのお地蔵さんです。
これ、冗談抜きに観光案内にまで載っていたりします。
因みにお参りするとオネショが治る…らしいです。
五条 2017.05.05
五条駅付近の踏切から。
和歌山線の主力である105系。
右側は王寺へ向かう電車ですが、左側の車両は停泊しています。
北宇智駅 2017.05.05
かつてスイッチバックのあった北宇智駅です。
北宇智駅 2017.05.05
まだ嘗ての駅の名残が残っています。
因みに

北宇智~吉野口 2017.05.05
スイッチバックの跡も残っています。
吉野口 2017.05.05
吉野口駅です。
本数的にも編成数的にも近鉄の方が優位にあります。
因みに近鉄側はICカード対応で、JRはICカード非対応です。
吉野口駅周辺 2017.05.05
ここもいい感じの風景を見ることが出来ます。
少し歩いてみました。
吉野口周辺 2017.05.05
長閑な情景が続いています。
吉野口周辺 2017.05.05
近鉄の鉄橋が見えました。
しばらく待っていると
16010系 2017.05.05
近鉄特急の中でも希少な16010系が走っていきました。
この車両も新塗装化されていますが16000系も新塗装化されています。
16000系の新塗装は…微妙すぎる!
青の交響曲 2017.05.05
しばらく待つと入れ替えで「青の交響曲」が通過していきます。
その後、吉野口を後にして近鉄に乗って移動していきます。
車内より 2017.05.05
しかし、奈良の風景は長閑で良い。
本当に良い!!
好きなんですよね。奈良の風景。
ある意味京都以上に。
大和西大寺駅 2017.05.05
大和西大寺駅で快速急行に乗って帰りました。
枚岡付近 2017.05.05
石切付近のこの光景は夕日に暮れなずんでいる時間とかに見ると
本当に心惹かれるんですよね。
まぁ、真昼間の写真では良い風景、で終わってしまう気がしないでも。
近鉄奈良線でも有数の車窓の眺めになるので奈良線に乗る際はいつも撮っている気がします。

2017年5月21日日曜日

五条新町を歩く~その2・五条新町の街並み~

前回は五新線跡の写真を公開しました。
続いて新町の街並みを上げていきます。

五条新町 2017.05.05
五条新町は伊勢街道界隈の街並みで、現在は重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
この様な街並みが続いてゆきます。
五条新町 2017.05.05
懐かしいホーロー看板、近年、特に都市部では中々に見る事の出来ないものです。
五条新町 2017.05.05
道標がありますが、これは新たに建てられたものでしょうか。
こういったものは紀州街道沿いの道にもひっそりと残っています。

五条新町 2017.05.05
メインルートの横にはこういった写真で昔の新町の姿を公開しています。
先の道標のあった辺りは対岸との船着場があったようです。
吉野川 2017.05.05
新町のすぐ近くには吉野川が流れており、この川を渡していたようです。
撮影日は5月5日と言う事で岸には鯉のぼりが並んでいます。
この時は風があまり吹いておらず泳いでません。
五条新町 2017.05.05
模型屋さんがありました。
テレビでも紹介された事があるようです。
腰を屈めている方が店主さんでしょうか。
写真では分かりませんが、小さいお子さんを相手にしています。
夕方の写真だったら尚の事様になっていたかもしれません。
因みにこのお店、かなりすごいものが置いています。
発掘品レベルの…


五条新町 2017.05.05
街道沿いの古風な街並みが続いてゆきます。
五条新町 2017.05.05
横に入る道は車では通ることが出来そうにもないほど狭い道があります。
大抵先にあるのは吉野川ですが。
五条新町 2017.05.05
街道の道筋もまた狭く、一通になっています。
五条新町 2017.05.05
wikiにも載っている餅屋さん。
こどもの日と言う事で、柏餅を買いました。
この後吉野川のほとりで一休憩しつつ、食べました。
五条新町 2017.05.05
ここで新町の街並みは終わりになります。


五条新町 2017.05.05
出たところはこんな感じ。
先にも古風な感じが残っています。
吉野川 2017.05.05
吉野川、晴れ渡っていることもあって家族が川に訪れています。
吉野川 2017.05.05
多数の鯉のぼりが川に沿って上がって泳いでいました。
多数ってどこがと思うかもしれませんが鉄橋の向こうにも鯉のぼりが上がっていますので。

2017年5月14日日曜日

五条新町を歩く~その1・大和二見、五新線跡~

五条新町は奈良県五條市の五条新町通り(伊勢街道)界隈の街並みで、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
今回は五新線跡までになります。
新町に入ってすぐ辺りにしかなっていませんね…汗

まずは移動から、と言う事でスタートです。
泉佐野駅 2017.05.05
泉佐野駅から電車に乗って行きます。
難波駅 2017.05.05
難波駅で高野線に乗り換えて移動します。
乗ったのはこの電車、8両の内先頭から4両は50年以上全車現役の6000系、後ろ4両は6300系。
NK72 千早口(くっ)駅(笑) 2017.05.05
途中、千早口駅を越え
橋本駅 2017.05.05

橋本駅で乗り換えます。
乗り換えの電車が来るまでには時間があったので駅前を撮影し、
橋本駅 2017.05.05
JR和歌山線ホームで乗ってきた6000系を撮影。
この電車はここで難波へ折り返します。
ここからは
橋本駅 2017.05.05
元鉄板焼き電車事103系改造の105系に乗って移動します。

105系車内から 2017.05.05
橋本を出ると南海高野線とクロスします。

大和二見駅 2017.05.05
大和二見駅で下車します。
五条新町はこの大和二見と隣の五条駅の2つのルートがありますが橋本からは大和二見からの方が近いです。
大和二見駅 2017.05.05
乗ってきた電車を見送ってスタートです。


二見 2017.05.05
まだ新町に入っていませんが、古風な建物が軒を連ねていたりします。
二見 2017.05.05
ここをまっすぐ坂を下ると新町に入っていきます。因みに前にあるフランス国旗の建物は

フレンチのお店 2017.05.05
こんな日本的な建物をしていますがフレンチのお店でした。
五条新町 2017.05.05
新町の街並みに入りました。
いきなり前方に謎の高架が横切っています。
五新線跡 2017.05.05
これは未成のまま消えた五新線の跡です。
五新線はここ五条と和歌山県新宮を結ぶ路線として計画されていたものです。

五新線跡 2017.05.05
建設途上、戦争で中断したり、地元の対立など混乱を起こしながらも建設が進められてきたものの国鉄末期に建設は凍結されて全ては幻となりました。
その後一部の建設されいた区間ではバスでの運行がされていましたが、
それも2014年9月末日を持って終了し、翌年に廃止されてしまいました。
五新線跡 2017.05.05
その夢の跡の一部がこうして五条新町に残されています。
五新線跡 2017.05.05
もし五新線が早期に鉄道線として完成し現役であったなら、高架橋を105系が走ってゆく姿を見ることが出来たかもしれません。
ただ、吉野以南の人口を考えると廃止されている可能性もありますが…
写真左側の先には川が流れておりその先の対岸には
五新線跡 2017.05.05

五新線の橋脚らしきものが見えます。
五新線跡 2017.05.05
遺物として残る高架橋は存在しない鉄路を新宮方向に向け、今日も重要伝統的建造物群保存地区の中に佇んでいます。